シリーズ/復興財源、100兆円の外貨準備を活用せよ・・・①97年の米国債売却発言
2011年7月25日 tag:
1997年6月24日の朝日新聞夕刊は、その1面で「NY株敏感、192ドル急落」と打ち、以下のような橋本首相(当時)の発言を報道した。デンバーサミット後、ニューヨークに立ち寄った際に、コロンビア大学で行った講演の中での質疑応答だ。
質問者 日本や日本の投資家にとって、米国債を保有し続ける事は損失をこうむる事にならないか。
首相 ここに連邦準備制度理事会やニューヨーク連銀の関係者はいないでしょうね。実は何回か、財務省証券を
大幅に売りたいという誘惑にかられた事がある。ミッキー・カンター(元米通商代表)とやりあった時や、米国
のみなさんが国際基軸通貨としての価値にあまり関心がなかった時だ。
(財務省証券を保有することは)たしかに資金の面では得な選択ではない。
むしろ、証券を売却し、金による外貨準備をする選択肢もあった。
しかし、仮に日本政府が一度に放出したら米国経済への影響は大きなものにならないか。財務省証券で外貨
を準備している国がいくつかある。それらの国々が、相対的にドルが下落しても保有し続けているので、米国
経済は支えられている部分があった。
これが意外に認識されていない。我々が財務省証券を売って金に切り替える誘惑に負けないよう、アメリカから
も為替の安定を保つ為の協力をしていただきたい。
いわゆる「橋本首相の米国債売却発言」だ。私は、総理秘書官時代、橋本政権の記録を詳細に日記に残してある。それを紐解くと、この講演があった日、97年6月23日には、こう書いてある。
「デンバーサミットの後、ニューヨークへ。午後、コロンビア大学で講演。この講演での米国債を売る誘惑発言で米国
の株式が190ドル下落。加藤財務官がガートナー米財務次官より怒られたということでスッタモンダ。
結局、総理の見解を財務官を通じて出す。何とも小役人たちのあわてぶりは目に余る。総理。これで武器ありという
こと。バーゲニングできることを示した。結果的にはこれは非常に良い結果」
「総理。これで武器ありということ。バーゲニングできることを示した」は、橋本首相が、騒動のあとに江田にした
述懐。「結果的にはこれは非常に良い結果」は江田の感想だ。
この発言は、あきらかに、旧知の財務官経験者との打ち合わせの上で意図的に行った発言だった。もちろん、この講演の冒頭、橋本流の茶目っ気で「金融当局者はいないでしょうね」と冗談めかして言わなければならないほど、相当のインパクトを持つ発言であることは重々承知していた。
講演の最後には、「日本が米国債を売却し、外貨準備を金に変えようとしたい誘惑に屈服することはない」旨の念押しの発言をしているのにもかかわらず、翌日のニューヨーク市場は「ブラックマンデー」(508ドル下げ)以来最大の下げ幅(190ドル)を記録したのである。
この発言は、その意図どおり、大きな反響を呼んだ。日本国内では「橋本は経済音痴」との的外れな批判もあったが、米国内では、この発言を正確に「橋本の脅し」ととらえ、そのインパクトを論じた者もあった。米財務当局の迅速な抗議も、この発言が孕む、事の重大性の反映だった。
なぜ、あえて私が過去の歴史を紐解いたのか。それは、これから論じようとしている外貨準備、あるいは外国為替特別会計の本質に関わる部分だからである。
ちなみに、その後の推移は、この橋本発言のとおりになっている。その後、増え続けた外為特会の米国債保有は、現在、莫大な為替差損を生み(約▲35兆円)、これを金保有に切り替えていれば、差損どころか莫大な利益を生み(特にリーマンショック以降、金は高騰)、それは今の復興財源をゆうに賄えるレベルに達していたことだろう。
まさに米国の財政を日本が支えている構図がここにある。こうした認識を広く日本人は共有し、そして、常に政治家は、政府当局者は、様々な日米関係のディールの中で、このことを念頭に置いておかなければならない(来週に続く)。
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