一歩前進だが・・・公務員制度改革基本法案成立へ
2008年6月 2日 tag: 公務員制度改革
公務員制度改革基本法案が、急転直下、今国会で成立することになった。「天下りの禁止」という国民最大の関心事が先送りされ、今後の制度設計や運用次第という側面はあるものの、評価すべきであろう。
また、このねじれ国会で、特に道路特定財源、ガソリン税の問題で激突した自民、民主両党が、やっと同じテーブルにつき、正しい方向に法案修正したという意味で、今後のモデルケースにしてほしい。
最大の収穫は、内閣に人事局を置き、そこで各府省の幹部職員の人事案を作成することになった点だ。これまでの政府案は、あくまで各府省の役人が原案をつくり、人事局は、それに助言、審査を行うに過ぎなかった。これでは官僚主導のこれまでのやり方が改まらない。
そこで内閣立案の人事案をもとに総理と各担当大臣が協議し、最終的な人事を決定できることになった。字義どおり受け止めれば、そこに各府省の役人が差配する余地はなくなる。ということは、役人の大臣への忠誠度が高まり、政治主導、内閣主導の政治が行われやすくなるということだ。
実は、この改革には一つの流れがあった。私が取り組んだ橋本行革では、「組織管理の要諦は予算(カネ)と人事を握ること」というわけで、首相官邸に、前者は「経済財政諮問会議」を設置(予算の基本方針の策定)し、後者は「人事調整会議」(官房長官と3人の副長官で構成)を設置することで対応した。
しかし、後者は時間切れの「付け焼き刃」的な対応で、的確な人事を行えるだけの基礎データや人事評価等を蓄積する事務局を置くことができなかったのである。これでは時々の政権の好き嫌いでバイアスのかかった人事が行われやすいとも言えた。それが今回の措置でやっとその陣容を整えることができたのである。
ただ、今後の人事局の設計次第では、またぞろ霞ヶ関による骨抜きも懸念される。官僚は決まったことには正面攻撃しない。今度は、その人事局を意のままに操れるように画策するのである。経済財政諮問会議の主導権争いをみれば明らかであろう。大義名分は「的確な人事評価はその役所でしかわからない」とでも言って、人事担当者を出向させ、そこで人事の下書きを書くのだ。
私もある程度の当該役所と人事局の連携の必要性は認める。しかし、やはり最後の意思決定はプロパーの内閣官僚や外部人材の主導で行い、その原案を官房長官に上げるべきであろう。各府省の思惑をいかに遮断するか、すなわち、ファイアーウオールの構築が課題となるのだ。今後、しっかりと監視していくべきポイントである。
「一括採用」が、各府省の「個別採用」に逆戻りしたのは残念だ。政府案では、「総合職」の人事局一括採用、その後各府省への配属・調整を明記していた。官僚の各府省への強烈な帰属意識、これが縦割り行政の幣を生み、行革時の組織防衛行動に駆り立てる。入り口(採用)から中間(昇進)、出口(退職・天下り)に至るまで、それぞれで「日の丸官僚」(オールジャパンの意識をもった官僚)を育成するための方策を講じなければ中途半端だ。
その意味で、今回の基本法は、中間(幹部職員の昇進)で内閣主導を明確にしたものの、入り口と出口で帰属意識を残す結果となった。政府は、昨年成立した国家公務員法改正に盛られた「人材バンク」で、出口も内閣一元化されたと言うのであろうが、最大の問題は、天下りの禁止が先送りされたことである。
この天下りの禁止については、「人材バンク」をどう考えるかによって立場が異なる。
私の立場は既に明らかにした(http://www.eda-k.net/chokugen/300.html)ように、内閣による斡旋であれ、各府省による斡旋であれ、これを残すと結局、予算や権限を背景とした「押し付け型天下り」はなくならない、結果、無駄な補助金や無駄な団体の温存が図られるというものだ。「人材バンク」も廃止し、役人が原則定年まで働ける環境整備に務めること等ではじめて「天下りの根絶」が可能となる。
ただ、ここまで踏み込むと今回の修正合意はなかった。霞ヶ関・官僚をバックとする自民党にとって「人材バンク」まで廃止してしまうことは死活問題だし、民主党も「天下りの全面禁止」は来るべき政権交代時の目玉に残しておきたい。両者の思惑が一致しての今回合意となった。
確かに、今回の法案で公務員制度改革は、一歩、二歩前進した。しかし、この法案はあくまで改革メニューを一覧にしたプログラム法に過ぎない。今後、個別実定法の改正、新組織や人材登用、能力・実績評価等の制度設計、運用のあり方、引いては天下りの完全禁止のための方策等々の課題が多くひかえ、まだまだ真の改革への道のりは遠い。
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