普天間飛行場の返還と辺野古への移設は、13年前、橋本首相の指示で、私が水面下で動いて決定したものだ。
外務省が「こんな戦略的要衝の地を米国が返すはずがない」「総理、そんなことを言うと恥をかきますよ」という抵抗を押し切って、クリントン大統領との首脳レベルで成し遂げた。
その際も、嘉手納との統合等あらゆる選択肢が検討された。
しかし、最終的に、基地負担軽減、騒音や海洋への影響、米軍の戦略的視点等のベストミクスで決定されたのだ。
政権交代で一から検討というのもわからないではないが、時間をかけても同じ軌跡を描く。
その間、日々、宜野湾市の住民は危険にさらされる。
米国が辺野古沖合への修正案をのむのであれば、この際手を打つべきだろう。
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