特集 日本の政治を問う! 対談 「今必要な改革とは」
田中秀征(福山大学客員教授、元経済企画庁長官) × 江田憲司(衆議院議員)
週刊東洋経済(9/27号) 掲載記事
聞き手:福永宏
「官僚支配からの脱却と国民の望む行政改革の実行こそ急務」
─── 解散・総選挙が迫る中、あらためてニッポンの政治が抱える構造問題について問われている。元経済企画庁長官の田中秀征・福山大学客員教授と官僚出身の江田憲司・衆議院議員(無所属)の2人に、徹底討論してもらった。
◆ ◆ ◆
――― 福田康夫首相の突然の辞意表明について、政界で孤高ともいえる立場にいるお二人に、率直な印象をお伺いします。
田中 早期解散の流れに抗しきれなかったのだろう。本当は参院選直後に解散すべきだった。ただこの局面は願ってもないチャンス。中川秀直さんら行政改革派が前面に出て統治構造の大改革に取り組んで欲しい。
江田 これが示すのは政治全体の劣化だ。自民党であれ民主党であれ、基本政策さえ異なる議員同士が同居するかぎり誰が首相になっても足を引っ張られ、国民本位の改革は進まない。
――― 自民、民主の2大政党が作り出している状況をどう見ますか。
田中 一言で言えば、閉塞感が極まっているということだ。この中から力強い動きは出てこないだろう。
江田 政党政治が機能していない。私の地元でも「自民党には不満がいっぱい」だが「民主党には不安がいっぱい」という声が多い。エセ2大政党制の間隙を付いて官僚が失地を回復し、いいように政策を操っている。
田中 官僚機構が統治構造の核心を占めている。それを土台にしている点では自民も民主も同じだ。細川護熙政権以来、いろいろな組み合わせの連立があったが、陰で要となってきたのはすべて"行政党"だ。
江田 不幸だったのは、小沢対反小沢といった人間関係で政党が離合集散を繰り返してきたことだ。政党等は基本政策や政治理念を掲げて同志が集まり、政策を実現していくものだが、そういう意味では、今の2大政党はどちらも本当の政党ではない。
田中 よほどのことがないかぎり次は民主党中心の政権が生まれる。最初は過剰期待が形成されるが、それが失望に変わり、再来年の参議院選挙では今の与党側が復権して逆ねじれが生じるだろう。残念ながら今以上に機能マヒの状態になると思う。
――― 本来なら、もっと期待されなければならない民主党ですが、主要な問題はどこにありますか。
江田 国民は民主党が、自民党以上に寄り合い所帯であることを見抜いている。次の次の総選挙は早いと思う。私の地元でも、自民党のコアの支持者から「もう自民には入れない」という声が聞こえるが、民主党がいいと思っているわけでもない。民主党政権ができても半年もつかどうか。必ず内紛が起きると思うし、下野した自民党も分裂含みとなる。
田中 民主党の基本的な問題は政策のねじれだ。だが、ねじれがあっても除名しないし、離党もしない。政策のねじれが平気な人は、これからの指導者にはなれない。昭和20年代もねじれはあった。石橋湛山もその例だけれど、彼らはそのたびに離党や除名を繰り返した。政策の違いによる離合集散なら国民は評価する。
江田 さっき司会者から「孤高」と言われた。なぜそうなるのか。自民党、民主党のどちらに入っても私の描く政策や主張が実現できないからだ。裏で官僚がお膳立てし、政治家のいさかいを横目で見ながら「はい、このあたりでしょう」となる。
情けないのは、テレビで「自民党の政策はこうだが、私は違う」と言っている政治家。党内をそれでまとめようとしない。刀折れ矢尽きたっていいじゃないか。そんなリスクも取れない政治家がいざ国難のとき、国をリードできるのか。
――― 今必要な改革とは何でしょうか。まず、小泉改革の評価から。
田中 小泉さんの改革姿勢には強く共鳴していた。しかし、小泉改革はある意味で橋本(龍太郎)改革の延長で、主軸は財政改革にあった。行政改革が緒についただけだったのは本人も心残りだったろう。僕は財政改革と行政改革とを峻別する。財政改革は、納税者に痛みが帰属する。
――政治や行政に痛みがある改革こそ財政再建の条件――
一方、行政改革は政治や行政に痛みが帰属する改革を言う。今までの改革は財政改革が軸で、増税にしても歳出削減にしても、納税者に痛みがいくものだった。それらが中途半端に終わったのは、国民に「あなたたちは身を削っていないではないか」という気持ちがあったからだ。その結果、財政再建ができない。
僕は、郵政が改革の本丸とは全然思っていない。小泉改革は基本的に財政改革の域を出なかった。それも中途半端で終わってしまった。言い換えると財務省が喜ぶ改革だった。財務省は行政改革を最も喜ばない。小泉さんは、経済の再生を優先したので行革を後回しにしたのだろう。
江田 不良債権処理は評価すべきだが、医療制度改革や三位一体改革は財政の帳尻合わせでしかない。2~3年で破綻し見直さなければならない。そこが小泉さんの限界だ。郵政改革しか頭になかった人だから。
道路改革も明らかに失敗だ。当初の9342キロメートルがもう1万4000キロメートルになっている。しかも民営化会社に最終決定権があると言いながら、国土交通省の審議会で決めることにしてしまった。こういう小泉さんの関心の薄い問題は、霞が関や族議員にいいようにやられてしまった。
郵政民営化も財投の抜本改革と特殊法人の大整理のはずだったのに、その面ではほとんど効果が出ていない。なぜなら財務省が編み出した財投債という便法で郵貯、簡保の莫大な資金を吸い上げてバラまく構造が変わっていないからだ。はっきり言えば財務省との絶妙な二人三脚だ。だからこそ政権が5年ももった。
田中 小泉さんに欠けていたのが霞が関に対する警戒心。これが細川さんとはいちばん違うところ。自民党には霞が関とうまくやらないと仕事ができないという考えがずっとある。そういう意味で、小泉さんは従来の自民党政治家の域を出ていない。
江田 政治家は関心や政策が非常に偏っている。そういう人が総理大臣になって官邸に入った途端、各省から来ている超エリートの総理秘書官やスタッフに囲まれてしまう。親しい政治家や学者も、官邸の敷居が高くて会いづらくなり、官僚との接触だけが濃くなる。官僚に言えばすぐ"模範解答"は出てくるが、そんなものがいい政策であるはずがない。
私が橋本総理の政務秘書官のとき、最大のスーパー権力官庁の大蔵省分割がテーマとなった。不透明な護送船団行政やスキャンダルが批判され、財政と金融を分離して今の金融庁を設立した。それまでは、誰も大蔵省に刃向かわない。そうした中で、大蔵省改革が政権のトップアジェンダとなり、私のような黒子が出て行かざるをえなくなった。
そこで見た修羅場はもう筆舌に尽くしがたい。財務省と本当に対峙しようと思ったら、相当の覚悟で生きるか死ぬかの戦いをしなければならない。一つエピソードを挙げれば、「大蔵省の財政と金融の分離をすればテロをも起こす」という大蔵省幹部の発言が報道された。結果的に大蔵省が仕掛けた金融ビックバンで北海道拓殖銀行と山一証券が破綻し、橋本政権は瓦解した。
政治家や官僚が自らの身を切る改革を本当にやるなら、はっきり言って霞が関との全面戦争になる。
田中 オーストラリアは日本と似た議院内閣制だが、新首相が乗り込むときは、政権構想を作った相当数の人たちがチームで乗り込み、周りを固める。日本ではまったく違う。細川政権で総理秘書官より内側にいたのは僕一人。秘書官より中にいなければダメなんだ。橋本政権の場合は江田さんがいたから別だが、普通はまったく取り込まれてしまう。
総理大臣になったら30人ぐらいの親しい同志である弁護士、企業人、学者、ジャーナリストといった人たちに「自分が総理の間、特別公務員として付き合ってくれ」と言って一緒に官邸に乗り込む。そこから政策を発信し、設計図を作って官僚組織にやらせる。官僚は言われたことを優れた頭脳でやってくれればいい。
――― 橋本政権のとき、内閣法を改正して基本方針発議権というものを作りましたね。
江田 事務次官会議をすっ飛ばして総理が自分で重要政策を閣議に提案する権限だが、それを知らない政治家が多い。今でも閣議の前には必ず事務次官会議を経なければと言う人がいるが、制度を知らないだけだ。閣議決定は閣僚の全会一致が必要だが。
ただ小泉さんが(郵政解散の閣議で署名を拒否した)島村宜伸さんの首を切ったように総理には罷免権がある。反対する閣僚の首をその場で切って自分が兼任し閣議を通す。行政改革をやるなら、そのくらいの覚悟がないと総理は務まらない。
今後最大の課題は分権改革だ。中央省庁の権限や組織や定員を削ぎ落として地方に移し、それに伴う霞が関解体をやらないと将来はない。
田中 重要なのは人事権。人事権さえ掌握したら、官僚も抵抗できないから、解体はそんなに難しくない。
――各省の局長以上は政治任用に――
江田 そうだ。課長クラスに資料を出せと言っても四の五の言って出さない。大臣が人事権を持っておらず、官僚の上司が握っているからだ。その連中が出さなくていいと言うのだから、大臣を無視するわけだ。
今度、内閣人事局を作るのはいいことだが、各省の人事担当者が出向し、下書きを書いて、それを丸のみするようだと何の意味もない。
今局長以上は大体100人前後。少なくともこれは本当の意味でのポリティカルアポインティにする。現職官僚を任用する場合には一度全部辞表を取りまとめ、政権の政策に忠誠を誓わせる。もちろん、局長には民間人を入れてもいい。
田中 日本の総理は、形式的には非常に自由に任用ができる制度だ。日本経済再生は小泉さんの最大の功績だが、竹中さんにやらせ成功した。
江田 橋本政権のときに作った経済財政諮問会議が初めて機能したのも小泉政権だ。われわれは総理主導の仕組みを作ろうとして経済財政諮問会議を作り、首相補佐官を増員し、内閣の基本方針発議権を決めたが、これらはあくまでも道具立て。道具をうまく使える政治家でないとダメだ。結局、資質の問題になる。
――― 今度、基本的な政策ではどんなことが焦点になるのでしょうか。
田中 第一は財政再建の手順。行革先行論と成長・改革・増税同時進行論というのがある。今の政府や財務省の立場はそれだ。この場合、同時に出発しても結果的に増税が先行してしまい、結局行革先行か増税先行かという問題に帰着する。これは財政再建にとって非常に重大だ。行革を後回しにしたら国民の強力が得られず、財政再建ができないからだ。
2番目は、中長期の成長戦略。これに対する政策的関心の比重を考えてみると、安倍さんは成長8対生活・分配2という見方をされ、格差の責任を全部背負わされてしまった。その反省からか福田さんは逆に見える。僕が好ましいと考えるのは成長6対生活・分配4という感じだ。
3番目は、グローバル経済への対応。僕は野放しのグローバル経済を檻に入れろと言い続けているのだが、長期的かつ地球規模でどういう対応をしていくか。
4番目は、自衛隊派遣の原則。日米同盟と国際協調は両立させていかなければならない大原則だが、イラク戦争の開戦時のように両立しなくなったとき、ギリギリどちらを選ぶのかという問題だ。日本の国際社会での生き方として非常に重要だ。
江田 国民も、将来的には消費税増税やむなしと思っている。世界一の少子高齢化で、今後、医療・介護、年金等に必要なおカネが天文学的に増えていく。ただ増税の前にやるべきことがあると国民は言っている。
純理論的には、行革と増税と成長の同時進行はありえよう。だが、政治には国民の理解が必要不可欠だ。増税した途端に政治家も官僚も改革をしなくなるのは火を見るより明らかだ。2011年までにプライマリーバランスを回復するなら、それまで消費税を上げないと宣言したうえで、3年間徹底的に歳出のムダをなくしたり、埋蔵金を掘り出したりする。それでもまだ本当に足りないなら、11年以降、医療・介護、年金、子育て支援等の財源のために消費税増税を国民にお願いする。こういう手順を踏むことが決定的に重要だ。
――― 増税派には、険しい道を選ぶ硬骨漢のイメージがありますね。
江田 増税を言う政治家ほど将来的に責任を持つ人みたいなイメージがメディアによってつくられているが、とんでもない。増税派とは財務省の力を広げて、族議員や役所は今までどおりおいしい生活をしましょうね、宣言しているようなものだ。
――向こう3年間の改革で使える埋蔵金は30兆円――
江田 11年までの3年間の財源は実は、少なくとも30兆円はある。特別会計や独立行政法人の剰余金や積立金を精査すれば出てくる。しかも、この低金利が続けば、一度掘り出したら終わりではなく、ある程度恒常的に数兆円出てくる。そのおカネを、病院崩壊、老人ホーム崩壊、年金崩壊、子育て崩壊の対策に充てる。ないというのは財務省に乗せられている人だけだ。現に埋蔵金はないと強弁していたのに、この3年間で25兆円の埋蔵金が出てきた。それで何年かつないでおいて、11年以降、本当に足りなければ消費税を増税して恒久的な財源を確保する。
――― 今後のありうべき政界再編についてお聞かせください。
江田 私の精神衛生がかろうじて保たれているのは無所属だから。日々最も閉塞感を感じているのが自民党や民主党の議員だと思う。しかし、これだけ日本全体が閉塞感を持っているのだから、今行動すれば雪崩を打ってくる可能性もあると思う。
田中 もし今の政治の停滞が10年も続いたら、本当に日本の没落だ。今からその準備をする必要がある。もう機が熟していると僕は思う。
江田 私もあまり悲観していない。1年前、国会議員で政界再編を言っているのは私一人だった。だが、今はもう猫もしゃくしも政界再編だ。
田中 これから、そういうのがいっぱい出てくるよ。そこらじゅうで新党、新党と。一つの現象として、それはそれで前向きにとらえていい。
江田 問題は旗印を明確にすることだ。どんな立場にせよ、具体的に処方箋を示す。肝心なのは選挙前にきちんと国民の前に明示すること。それが政治家の最低限の務めだ。
田中 政治家や官僚の質が落ちている。優秀な人はいるが、 志のある人が少なくなった。特に優秀で志がないのは、いちばんタチが悪い。
江田 少数精鋭で先行し、高く政策の旗を掲げれば、あとは時代が押し上げてくれるのではないか。
田中 人集めを優先したらまた寄り合い所帯だ。先行する少数の人たちを世論が圧倒的に支持するとき、政治もついてくる。それが可能な状況になってきた。今がチャンスだ。
○江田憲司(えだ・けんじ)
1956年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。通産省入省。経済協力室長、橋本龍太郎内閣の総理大臣政務秘書官等を経て、衆議院議員当選2回。
○田中秀征(たなか・しゅうせい)
1940年長野県生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒業。衆議院議員細川護熙内閣の総理大臣特別補佐、経済企画庁長官を歴任。
週刊東洋経済(9/27号) 掲載記事
聞き手:福永宏
「官僚支配からの脱却と国民の望む行政改革の実行こそ急務」
─── 解散・総選挙が迫る中、あらためてニッポンの政治が抱える構造問題について問われている。元経済企画庁長官の田中秀征・福山大学客員教授と官僚出身の江田憲司・衆議院議員(無所属)の2人に、徹底討論してもらった。
◆ ◆ ◆
――― 福田康夫首相の突然の辞意表明について、政界で孤高ともいえる立場にいるお二人に、率直な印象をお伺いします。
田中 早期解散の流れに抗しきれなかったのだろう。本当は参院選直後に解散すべきだった。ただこの局面は願ってもないチャンス。中川秀直さんら行政改革派が前面に出て統治構造の大改革に取り組んで欲しい。
江田 これが示すのは政治全体の劣化だ。自民党であれ民主党であれ、基本政策さえ異なる議員同士が同居するかぎり誰が首相になっても足を引っ張られ、国民本位の改革は進まない。
――― 自民、民主の2大政党が作り出している状況をどう見ますか。
田中 一言で言えば、閉塞感が極まっているということだ。この中から力強い動きは出てこないだろう。
江田 政党政治が機能していない。私の地元でも「自民党には不満がいっぱい」だが「民主党には不安がいっぱい」という声が多い。エセ2大政党制の間隙を付いて官僚が失地を回復し、いいように政策を操っている。
田中 官僚機構が統治構造の核心を占めている。それを土台にしている点では自民も民主も同じだ。細川護熙政権以来、いろいろな組み合わせの連立があったが、陰で要となってきたのはすべて"行政党"だ。
江田 不幸だったのは、小沢対反小沢といった人間関係で政党が離合集散を繰り返してきたことだ。政党等は基本政策や政治理念を掲げて同志が集まり、政策を実現していくものだが、そういう意味では、今の2大政党はどちらも本当の政党ではない。
田中 よほどのことがないかぎり次は民主党中心の政権が生まれる。最初は過剰期待が形成されるが、それが失望に変わり、再来年の参議院選挙では今の与党側が復権して逆ねじれが生じるだろう。残念ながら今以上に機能マヒの状態になると思う。
――― 本来なら、もっと期待されなければならない民主党ですが、主要な問題はどこにありますか。
江田 国民は民主党が、自民党以上に寄り合い所帯であることを見抜いている。次の次の総選挙は早いと思う。私の地元でも、自民党のコアの支持者から「もう自民には入れない」という声が聞こえるが、民主党がいいと思っているわけでもない。民主党政権ができても半年もつかどうか。必ず内紛が起きると思うし、下野した自民党も分裂含みとなる。
田中 民主党の基本的な問題は政策のねじれだ。だが、ねじれがあっても除名しないし、離党もしない。政策のねじれが平気な人は、これからの指導者にはなれない。昭和20年代もねじれはあった。石橋湛山もその例だけれど、彼らはそのたびに離党や除名を繰り返した。政策の違いによる離合集散なら国民は評価する。
江田 さっき司会者から「孤高」と言われた。なぜそうなるのか。自民党、民主党のどちらに入っても私の描く政策や主張が実現できないからだ。裏で官僚がお膳立てし、政治家のいさかいを横目で見ながら「はい、このあたりでしょう」となる。
情けないのは、テレビで「自民党の政策はこうだが、私は違う」と言っている政治家。党内をそれでまとめようとしない。刀折れ矢尽きたっていいじゃないか。そんなリスクも取れない政治家がいざ国難のとき、国をリードできるのか。
――― 今必要な改革とは何でしょうか。まず、小泉改革の評価から。
田中 小泉さんの改革姿勢には強く共鳴していた。しかし、小泉改革はある意味で橋本(龍太郎)改革の延長で、主軸は財政改革にあった。行政改革が緒についただけだったのは本人も心残りだったろう。僕は財政改革と行政改革とを峻別する。財政改革は、納税者に痛みが帰属する。
――政治や行政に痛みがある改革こそ財政再建の条件――
一方、行政改革は政治や行政に痛みが帰属する改革を言う。今までの改革は財政改革が軸で、増税にしても歳出削減にしても、納税者に痛みがいくものだった。それらが中途半端に終わったのは、国民に「あなたたちは身を削っていないではないか」という気持ちがあったからだ。その結果、財政再建ができない。
僕は、郵政が改革の本丸とは全然思っていない。小泉改革は基本的に財政改革の域を出なかった。それも中途半端で終わってしまった。言い換えると財務省が喜ぶ改革だった。財務省は行政改革を最も喜ばない。小泉さんは、経済の再生を優先したので行革を後回しにしたのだろう。
江田 不良債権処理は評価すべきだが、医療制度改革や三位一体改革は財政の帳尻合わせでしかない。2~3年で破綻し見直さなければならない。そこが小泉さんの限界だ。郵政改革しか頭になかった人だから。
道路改革も明らかに失敗だ。当初の9342キロメートルがもう1万4000キロメートルになっている。しかも民営化会社に最終決定権があると言いながら、国土交通省の審議会で決めることにしてしまった。こういう小泉さんの関心の薄い問題は、霞が関や族議員にいいようにやられてしまった。
郵政民営化も財投の抜本改革と特殊法人の大整理のはずだったのに、その面ではほとんど効果が出ていない。なぜなら財務省が編み出した財投債という便法で郵貯、簡保の莫大な資金を吸い上げてバラまく構造が変わっていないからだ。はっきり言えば財務省との絶妙な二人三脚だ。だからこそ政権が5年ももった。
田中 小泉さんに欠けていたのが霞が関に対する警戒心。これが細川さんとはいちばん違うところ。自民党には霞が関とうまくやらないと仕事ができないという考えがずっとある。そういう意味で、小泉さんは従来の自民党政治家の域を出ていない。
江田 政治家は関心や政策が非常に偏っている。そういう人が総理大臣になって官邸に入った途端、各省から来ている超エリートの総理秘書官やスタッフに囲まれてしまう。親しい政治家や学者も、官邸の敷居が高くて会いづらくなり、官僚との接触だけが濃くなる。官僚に言えばすぐ"模範解答"は出てくるが、そんなものがいい政策であるはずがない。
私が橋本総理の政務秘書官のとき、最大のスーパー権力官庁の大蔵省分割がテーマとなった。不透明な護送船団行政やスキャンダルが批判され、財政と金融を分離して今の金融庁を設立した。それまでは、誰も大蔵省に刃向かわない。そうした中で、大蔵省改革が政権のトップアジェンダとなり、私のような黒子が出て行かざるをえなくなった。
そこで見た修羅場はもう筆舌に尽くしがたい。財務省と本当に対峙しようと思ったら、相当の覚悟で生きるか死ぬかの戦いをしなければならない。一つエピソードを挙げれば、「大蔵省の財政と金融の分離をすればテロをも起こす」という大蔵省幹部の発言が報道された。結果的に大蔵省が仕掛けた金融ビックバンで北海道拓殖銀行と山一証券が破綻し、橋本政権は瓦解した。
政治家や官僚が自らの身を切る改革を本当にやるなら、はっきり言って霞が関との全面戦争になる。
田中 オーストラリアは日本と似た議院内閣制だが、新首相が乗り込むときは、政権構想を作った相当数の人たちがチームで乗り込み、周りを固める。日本ではまったく違う。細川政権で総理秘書官より内側にいたのは僕一人。秘書官より中にいなければダメなんだ。橋本政権の場合は江田さんがいたから別だが、普通はまったく取り込まれてしまう。
総理大臣になったら30人ぐらいの親しい同志である弁護士、企業人、学者、ジャーナリストといった人たちに「自分が総理の間、特別公務員として付き合ってくれ」と言って一緒に官邸に乗り込む。そこから政策を発信し、設計図を作って官僚組織にやらせる。官僚は言われたことを優れた頭脳でやってくれればいい。
――― 橋本政権のとき、内閣法を改正して基本方針発議権というものを作りましたね。
江田 事務次官会議をすっ飛ばして総理が自分で重要政策を閣議に提案する権限だが、それを知らない政治家が多い。今でも閣議の前には必ず事務次官会議を経なければと言う人がいるが、制度を知らないだけだ。閣議決定は閣僚の全会一致が必要だが。
ただ小泉さんが(郵政解散の閣議で署名を拒否した)島村宜伸さんの首を切ったように総理には罷免権がある。反対する閣僚の首をその場で切って自分が兼任し閣議を通す。行政改革をやるなら、そのくらいの覚悟がないと総理は務まらない。
今後最大の課題は分権改革だ。中央省庁の権限や組織や定員を削ぎ落として地方に移し、それに伴う霞が関解体をやらないと将来はない。
田中 重要なのは人事権。人事権さえ掌握したら、官僚も抵抗できないから、解体はそんなに難しくない。
――各省の局長以上は政治任用に――
江田 そうだ。課長クラスに資料を出せと言っても四の五の言って出さない。大臣が人事権を持っておらず、官僚の上司が握っているからだ。その連中が出さなくていいと言うのだから、大臣を無視するわけだ。
今度、内閣人事局を作るのはいいことだが、各省の人事担当者が出向し、下書きを書いて、それを丸のみするようだと何の意味もない。
今局長以上は大体100人前後。少なくともこれは本当の意味でのポリティカルアポインティにする。現職官僚を任用する場合には一度全部辞表を取りまとめ、政権の政策に忠誠を誓わせる。もちろん、局長には民間人を入れてもいい。
田中 日本の総理は、形式的には非常に自由に任用ができる制度だ。日本経済再生は小泉さんの最大の功績だが、竹中さんにやらせ成功した。
江田 橋本政権のときに作った経済財政諮問会議が初めて機能したのも小泉政権だ。われわれは総理主導の仕組みを作ろうとして経済財政諮問会議を作り、首相補佐官を増員し、内閣の基本方針発議権を決めたが、これらはあくまでも道具立て。道具をうまく使える政治家でないとダメだ。結局、資質の問題になる。
――― 今度、基本的な政策ではどんなことが焦点になるのでしょうか。
田中 第一は財政再建の手順。行革先行論と成長・改革・増税同時進行論というのがある。今の政府や財務省の立場はそれだ。この場合、同時に出発しても結果的に増税が先行してしまい、結局行革先行か増税先行かという問題に帰着する。これは財政再建にとって非常に重大だ。行革を後回しにしたら国民の強力が得られず、財政再建ができないからだ。
2番目は、中長期の成長戦略。これに対する政策的関心の比重を考えてみると、安倍さんは成長8対生活・分配2という見方をされ、格差の責任を全部背負わされてしまった。その反省からか福田さんは逆に見える。僕が好ましいと考えるのは成長6対生活・分配4という感じだ。
3番目は、グローバル経済への対応。僕は野放しのグローバル経済を檻に入れろと言い続けているのだが、長期的かつ地球規模でどういう対応をしていくか。
4番目は、自衛隊派遣の原則。日米同盟と国際協調は両立させていかなければならない大原則だが、イラク戦争の開戦時のように両立しなくなったとき、ギリギリどちらを選ぶのかという問題だ。日本の国際社会での生き方として非常に重要だ。
江田 国民も、将来的には消費税増税やむなしと思っている。世界一の少子高齢化で、今後、医療・介護、年金等に必要なおカネが天文学的に増えていく。ただ増税の前にやるべきことがあると国民は言っている。
純理論的には、行革と増税と成長の同時進行はありえよう。だが、政治には国民の理解が必要不可欠だ。増税した途端に政治家も官僚も改革をしなくなるのは火を見るより明らかだ。2011年までにプライマリーバランスを回復するなら、それまで消費税を上げないと宣言したうえで、3年間徹底的に歳出のムダをなくしたり、埋蔵金を掘り出したりする。それでもまだ本当に足りないなら、11年以降、医療・介護、年金、子育て支援等の財源のために消費税増税を国民にお願いする。こういう手順を踏むことが決定的に重要だ。
――― 増税派には、険しい道を選ぶ硬骨漢のイメージがありますね。
江田 増税を言う政治家ほど将来的に責任を持つ人みたいなイメージがメディアによってつくられているが、とんでもない。増税派とは財務省の力を広げて、族議員や役所は今までどおりおいしい生活をしましょうね、宣言しているようなものだ。
――向こう3年間の改革で使える埋蔵金は30兆円――
江田 11年までの3年間の財源は実は、少なくとも30兆円はある。特別会計や独立行政法人の剰余金や積立金を精査すれば出てくる。しかも、この低金利が続けば、一度掘り出したら終わりではなく、ある程度恒常的に数兆円出てくる。そのおカネを、病院崩壊、老人ホーム崩壊、年金崩壊、子育て崩壊の対策に充てる。ないというのは財務省に乗せられている人だけだ。現に埋蔵金はないと強弁していたのに、この3年間で25兆円の埋蔵金が出てきた。それで何年かつないでおいて、11年以降、本当に足りなければ消費税を増税して恒久的な財源を確保する。
――― 今後のありうべき政界再編についてお聞かせください。
江田 私の精神衛生がかろうじて保たれているのは無所属だから。日々最も閉塞感を感じているのが自民党や民主党の議員だと思う。しかし、これだけ日本全体が閉塞感を持っているのだから、今行動すれば雪崩を打ってくる可能性もあると思う。
田中 もし今の政治の停滞が10年も続いたら、本当に日本の没落だ。今からその準備をする必要がある。もう機が熟していると僕は思う。
江田 私もあまり悲観していない。1年前、国会議員で政界再編を言っているのは私一人だった。だが、今はもう猫もしゃくしも政界再編だ。
田中 これから、そういうのがいっぱい出てくるよ。そこらじゅうで新党、新党と。一つの現象として、それはそれで前向きにとらえていい。
江田 問題は旗印を明確にすることだ。どんな立場にせよ、具体的に処方箋を示す。肝心なのは選挙前にきちんと国民の前に明示すること。それが政治家の最低限の務めだ。
田中 政治家や官僚の質が落ちている。優秀な人はいるが、 志のある人が少なくなった。特に優秀で志がないのは、いちばんタチが悪い。
江田 少数精鋭で先行し、高く政策の旗を掲げれば、あとは時代が押し上げてくれるのではないか。
田中 人集めを優先したらまた寄り合い所帯だ。先行する少数の人たちを世論が圧倒的に支持するとき、政治もついてくる。それが可能な状況になってきた。今がチャンスだ。
○江田憲司(えだ・けんじ)
1956年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。通産省入省。経済協力室長、橋本龍太郎内閣の総理大臣政務秘書官等を経て、衆議院議員当選2回。
○田中秀征(たなか・しゅうせい)
1940年長野県生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒業。衆議院議員細川護熙内閣の総理大臣特別補佐、経済企画庁長官を歴任。
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