<江田憲司元首相秘書官はふりかえる98年参院選惨敗/h4>
「橋本龍太郎はなぜ総理を辞任したのか」
かつて自民党には参院選敗北の責任をとって辞任した首相がいた。今回よりも7議席多い44議席で即座に退陣を表明した故・橋本龍太郎元首相もその一人だ。なぜ安倍晋三首相は先人の足跡を学べないのか。橋本政権で首相秘書官を務めた江田憲司衆院議員に聞いた。
――― 参院選で自民党は37議席と惨敗しましたが、安倍首相は即座に続投を
表明しました。
江田 即刻、退陣表明するのが安倍さん自身のためでもあり、自民党のためでもありました。安倍政権はこれまで一度も国政選挙の洗礼を受けていない、民主的正当性の不足した政権でした。今回、初の審判で、首相自らのクレディビリティ(信頼性)が問われ、国民からNOと言われたのですから居座る余地はありません。潔く辞めるべきです。
――― 首相はなぜ続投を決めたのでしょうか。
江田 安倍さんのような国家主義的保守政治家にとって重要なのは国民よりも国家です。国家を規定するのは憲法で、その「憲政の常道」に従えば、参院選は政権選択選挙ではないから負けても辞めてはいけないことになる。国家主義者ならではの論理です。安倍さんは参院選の1カ月前から、どんなに負けても辞めないと決めていたようです。参院選で示された民意は関係なく、衆院解散・総選挙の結果だけが従うべき民意である、という理屈なのでしょう。
――― 98年参院選で自民党は44議席しか獲得できず、橋本龍太郎元首相は
即座に退陣を表明しました。
江田 橋本さんは政権の舵取りに限界を感じていたし、これ以上続けても国民に迷惑をかけるだけだと考えて退陣を即断しました。当然のことだったと思います。ところが、今回は安倍さんや自民党幹部の口から国民のコの字も出ません。どういうことなんでしょうね。
――― 橋本退陣の際は、水面下でどのようなやりとりがあったのですか。
江田 事前の予測では60議席前後は確保できそうでしたが、当日の夕方、各メディアの出口調査で惨敗が確実な情勢になりました。橋本退陣を確信した私は、午後9時半ごろ、村岡兼造官房長官、額賀福志郎官房副長官(ともに当時)と3人で首相公邸へ行きました。応接室で1時間ぐらい待たされ、その間、私たちはテレビで自民惨敗を伝える開票速報を眺めていました。すると、橋本さんがパッと入ってきて、「みなさんお世話になりました。ありがとうございました」と言ったんです。実にあっけない幕切れでした。そこで自民党本部に向かい、退陣表明の記者会見をしました。
――― 今回の選挙結果と比べると、44議席はまだましな結果ですが?
江田 95年参院選で、自民党は河野洋平総裁|森喜朗幹事長のコンビで46議席しか取れず、執行部は今回と同じく責任問題を総括しようとしませんでした。それに反旗を翻して総裁選に出馬したのが橋本さんでした。その時の獲得議席数を割り込んだのですから、続投する大義名分はない、というのが橋本さんの考えでした。
――― ずいぶん淡泊ですね。
江田 自らの保身のために権力に固執する人は首相になってはいけません。どういう身の処し方をすれば、国民にとって一番良いのかを考える人でないと困ります。
――― 橋本退陣のときは、党内から辞任を求めるプレッシャーはあったんですか。
江田 まったくありません。参院選当日も、公邸にいた橋本さんに電話は1本しかかかっていない。午後2時過ぎぐらいに野中広務幹事長代理(当時)が選挙の情勢分析を報告してきただけでした。党内があれこれ言い出す前に、橋本さんがスパッと辞めてしまったわけです。
――― 橋本首相が続投する余地はなかったんですか。
江田 それは考えもしなかった。その前年秋の北海道拓殖銀行や山一証券などの金融連鎖破たんをきっかけに不況に突入し、内閣支持率も下がり、重苦しい政権運営を強いられていました。それらを含めて選挙で明白にNOと判定されたわけです。橋本さん自身、これ以上の政権運営はできないと悟っていました。
――― 今回は、自民党内で安倍批判の声は出ていますが「安倍下ろし」までには
至っていません。
江田 少し前までの自民党なら、こうした断崖絶壁まで追いつめられたら、案外、党内で自浄作用が働いたものです。たとえば、森内閣の支持率が、相次ぐ失言やハワイ沖の宇和島水産高実習船衝突事故での失態などで1けた台に低迷すると、「森降ろし」が起きて小泉純一郎前首相が登場し、自民党政権は見事に延命しました。95年の参院選の時も前に述べたとおりです。しかし今は、小選挙区制の導入で派閥が弱体化し、選挙の公認権やカネ、ポストまで党執行部に握られ、イエスマンばかりになってしまった。内閣改造を見越して、ポストのニンジンにつられる輩も出始めています。
――― 安倍首相は続投してもレームダック化するとの懸念が、政府・与党内からも
出ています。
江田 もちろんそうなります。惨敗した首相が続投しないのには理由がある。党内の求心力は地に落ち、官僚はその足元をみて抵抗、サボタージュを始める。もちろん、参議院の壁もある。結果、国民生活にかかわる政策は何も進まず、国民は愛想を尽かして支持率はさらに下がる。悪循環のスパイラルに陥っていくのです。
――― 安倍首相はどうすべきだったのでしょうか。
江田 参院選当日が、安倍さんにとっても自民党とっても危機管理の最大の正念場でした。敗北が決定的になった後の第一声に何を言うか、安倍さんの政治家としての真贋が問われた。あのとき潔く辞めると言っていれば、「もののふ(侍)だ」「安倍さんかわいそう」といった声も出て、将来に復活の芽が残ったかもしれません。しかし、実際には「基本的な政策は間違っていない」と早々に続投を表明した。最悪の対応でした。このままでは自民党への批判まで高まり、内閣や政党の支持率も地に落ちるでしょう。
――― それでも安倍政権は続きますか。
江田 無理ですよ。自ら辞めると言わない首相を辞めさせるのはたしかに困難ですが、安倍さんが選挙の顔にならないことは証明されたわけです。総選挙の足音が聞こえてきたら、衆院議員たちは黙っていられない。「安倍と心中するのはまっぴらごめんだ」となって自民党内に安倍批判が渦巻き、四面楚歌の安倍さんは官邸にこもって何もできなくなる。安倍さんは空気が読めない人なので、年金記録問題にしても赤城問題にしても、初動を間違え、追い込まれてから動揺し、翻意するというのがパターンです。自らの進退についてもきっとそうなる。次の総選挙を安倍首相で戦う可能性はゼロでしょう。もし安倍首相が頑として辞任しなければ、選挙前に自民党が割れると思いますよ。
(聞き手 本誌・喜多克尚)
── 週刊朝日 2007/08/17号 ──
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