心の語録
欲坐春風(しゅんぷうにざするをほっす)
元首相秘書官・桐蔭横浜大学教授 江田憲司
故佐藤栄作元首相が、政治家への誘いを断った私の大先輩に送った言葉。その大先輩が、私が一切の職を辞し第2の人生を歩むに当たって、「悔恨の日々、返すすべなし」と言いながら、書き記してくれた。いつも自らを戒めている。
── 東京新聞 夕刊 1面掲載 「心の語録」平成16年9月18日 ──
(解説)
私の通産省の大先輩、山下英明氏(元通産事務次官)とは、今でも、年何回かは食事を共にさせていただいている。山下氏は、佐藤栄作通産大臣の秘書官を務められ、その当時のことは、城山三郎氏の有名な小説「官僚たちの夏」に克明に描かれている。山下氏は、無定量無制限に働く主流派官僚たちとは異なり、カナダ帰りの合理的主義的な若手官僚、片山秘書官という名前で登場している。
私が、首相秘書官を辞して、どういう第2の人生を歩もうか悩んでいるとき、様々なご助言をいただいたが、その中で、一番胸に響いたのがこの言葉だった。山下氏は、わざわざ自筆で紙に書きながら、後に総理になった佐藤氏に、何度も政界入りを要請されたが、結局、勇気がなく断ってしまった時に、佐藤氏から、「君は欲坐春風なんだね」と言われてしまったという。あの時決断していたら。あまり多くは語ってくださらなかったが、「悔恨の日々、返すすべなし」という言葉がすべてを表している。
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